落下の解剖学 (Anatomie d'une chute)

2026/06/23

【欧米映画】 Antoine Reinartz Milo Machado-Graner Sandra Hüller

ネタばれあり!!!


【あらすじ】 人里離れた雪山の山荘で、視覚障がいをもつ11歳の少年DanielMilo Machado-Graner)が、血を流して倒れていた父親SamuelSamuel Theis)を発見する。息子の悲鳴を聞いた母親は救助を要請するが、父親はすでに息絶えていた。
 当初は転落死と思われたが、その死には不審な点も多く、前日に夫婦ゲンカをしていたことなどから、妻であるベストセラー作家のSandraSandra Hüller)に夫殺しの疑いがかけられていく。
 息子に対してSandraは必死に自らの無罪を主張するが、事件の真相が明らかになっていくなかで、仲むつまじいと思われていた家族像とは裏腹の、夫婦のあいだに隠された、秘密や嘘が露わになっていく。2023年の第76回カンヌ国際映画祭で、パルム・ドールとパルム・ドッグ賞を受賞。(作品の詳細
 


Sandra Hüllerの1人祭り。とても見応えのある作品でした。何よりも音楽の使い方が秀逸で、Daniel少年の演技も素晴らしかった。彼が弾くショパンとアルベニスに、その時々の心情が映し出されて、言葉以上の威力がありました。
ほぼ視力を失ったDanielは、本来なら両親に守られる存在なのに、少年は誰にも相談できず、家族の崩壊に怯えながら暮らしているのだ。  


ショパンの前奏曲(←音が出ます)
は、わずか25小節、演奏時間が2分弱の非常に短い楽曲だが、作品の展開に合わせるように、Benoit Danielによってアレンジ(音)された。オリジナルが短いからこそ、あの終わりの見えない反復が、崩壊していく家族の歪んだ姿とシンクロして、不穏な緊張感を長々と持続させる効果がある。



アルベニスのアストゥリアス(音)は、16分音符の激しい連打による攻撃的な曲で、Danielがこれを力強く弾き鳴らすのは、彼が抱える孤独や怒りをぶつけている時だ。また、彼が親に依存する子どもの立場から、母親の裁判において、判決を大きく左右するのは「僕の証言、裁判の行方を握るのは僕なのだ」と確信したことを暗喩し、母親を盲信するのをやめ、自分の足で現実に向き合う、強い意思と覚悟を表しているに違いありません。
 


予想通り、Danielが法廷で行った最後の証言(父親が車中で愛犬の死について語ったエピソード)は、母親を救う決定打になった。しかしこれは本当にあった事実なのか、母を救うために作った物語なのか、分からない。確かなことは、Danielが下した決断は、母親を救った一方で、父親の記憶を都合の良い形に上書きしたという、11歳の少年が背負うには、あまりにも重く残酷なものでした。
 


勝訴はしたが、Sandraの心は晴れない。それは無罪を勝ち取った決定打が、息子の証言だったことや、それによって息子との関係が、変わってしまったからだ。
 

ラストに再び、ショパンの調べが流れます。Danielがもはや、あの頃のように母と無邪気に、ショパンを連弾していた子どもには戻れず、母親を守らねばならない大人になってしまった少年の、悲哀や孤独の静寂のように聞こえてくる。あまりにも不条理で胸の奥が締めつけられ、やるせない気持ちでいっぱいです。 


唯一の救いは、Snoopでした。パルム・ドッグ賞なんてものがあるんですね。
前足をそろえて伏せた姿が、とても可愛らしかった。受賞、おめでとう。

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